実践レポート

感謝しない人に腹が立つ 実践レポート① 観念を手放す

2026.06.10

感謝しない人に腹が立つ 実践レポート1 観念を手放す

こんにちは。
対話じかんのあさみです。

今日は今回の対話
「感謝しない人に腹が立つ」
についての
実践レポートを
書きたいと思います。


皆さんの周りにも
感謝しない人って
いませんか?

やってもらって当然。
何をしてもらっても
平然としている
ような人です。


そういった人に対して、
この人は非常識だと
ストレスを感じたり、
自分の正しさを
証明しようと躍起に
なってきましたが、

問題は相手に
あるのではなく、
どうやら私の内側に
それだけの
反応を起こさせる
強い強い観念が
あったようです。



魂さんに
「自分勝手な行いを
相手に押しつけた上に、
どうしてお礼を
言わないんだ!と憤る
茶番を繰り返して
せっせと人生を
浪費している」
という指摘には、
かなりウケました。

そのおかげで
”今までやってきたことは
茶番だったんだな~ 汗”
と捉え直す
機会になりました。


もちろん私を含めて、
渦中にいる人にしてみれば、
目の前にいる
感謝知らずのAさんに対して
イライラしたり、
不愉快になったりと、
ストレスを感じていますが、

魂さんからの視点で
俯瞰してみれば、
”今回も取るに足らない
些細なことに
本気で怒ったり
傷ついたりして
熱心だな~” といった
感覚なのでは
ないでしょうか。


もし魂さんが
このような感覚を
持っていると想像してみると、
その中で思い出されるのが、
かつて甥っ子と
姪っ子が幼かった頃に、
2人が大喧嘩している場面に
立ち会った出来事です。

2人ともワーワーと
本気で大泣きして、
キラキラとした大粒の涙が
なんとも切ないながらも
可愛らしかったことを
思い出します。


甥っ子の言い分は
「(姪が)ちゃんと
謝ってくれない」
というもので、
姪っ子の言い分は
「(甥に対して)謝ったのに
許してくれない」
というものでした。

そんな2人が本気で怒って
全身で泣いている姿を見て、
仲裁に入りながらも
あまりの微笑ましさに
可愛いな~と愛おしさで
いっぱいになったのですが、

魂さんが
私たちを見る眼差しも
このようなものなのかも
知れません。



「Aさんがお礼を言わない!」
と本気で怒っているな。
そうかそうか、
まだまだ
お礼が欲しかったり、
お礼が大切だと
信じているんだね。

Aさんが
本当の問題ではないことに
いつか気がつける日が来て、
少しずつでも
成長できたらいいね。
くらいの感覚だとしたら、

案外私たちの幼さや未熟さは
健気で可愛いものなのかも!?
と少々開き直ってみます。笑


それはさておき、
今回は「感謝すべき」という
特定の観念について
対話してみましたが、
私は一体どれだけの観念を
持っているのでしょうか。

その数は計り知れません。


そしてこれらの重さ
ひとつひとつが
旧時代に私を留める
おもり(いかり)に
なっていることから
がんじがらめになり、

新しい時代へと
スムーズに移行することが
難しくなります。


私の心が
ネガティブに動くところに
この重さがある
とのことでしたが、
このヒントを元に
日々を過ごしていきたいと
思います。


モグラたたきゲームのように
ふいに出現する
怒りやイライラこそ
私のおもりの箇所ですから、
相手を批判したり
ジャッジしたりする段階は
さっさと卒業して、

「お!こんなことに
まだまだ怒っているな~」
「わ~!こんなことに
悲しんでる~」と
宝さがしを楽しめる
心のゆとりを
ほんの少しでもいいので
持ちたいものです。


とはいえ、
ネガティブな感情は
とてつもなく激しく
重たいものです。

私の周りには怒るとか
悲しむといった感情が
どこにあるのか
よく分からないと言う方も
ちらほらいますが、
本来感情とは
激しいものです。


魂さんが
対話の中で教えてくれた
”マイ観念” を手放す
3つのステップは
シンプルなものでした。

”マイ観念” の
ありかを探り、
認識し、
「手放す」と宣言する
というものでしたが、

私はそのステップに
”ネガティブな感情を
味わいつくす”
というポイントを
付け加えたいと
思います。



ネガティブな感情を
感じつくすことが、
その感情を消化させ、
観念を手放す
手助けをするように
感じるからです。

ネガティブな感情が
湧き上がったときは、
平気なフリを一切せずに、
大人なんだからと
涼しい顔をせずに、

本気で怒ったり、
本気で悲しんだりして、
そのネガティブな感情を
味わいたいと思います。



このネガティブな感情を
見て見ぬふりをして
蓋をすると、
それは必ず内側でくすぶり、
ときに肥大化していき、

心身を静かに
蝕んでいくことを
私は身を持って
経験しています。汗


そういった意味で、
幼かった頃の
甥っ子と姪っ子は
私にとって
感情をしっかり味わい
消化させる姿を
教えてくれた
素晴らしい
ロールモデルです。


「謝って!」
「もう謝った!」
と言い合って
うわーんと大声で泣く。

決して私が
2人の間を取り持って
仲裁したおかげではなく、
感情を出しつくした2人は
数分後には仲良く遊びを
再開していました。


2人の姿は、
大人のように
感情を出しつくさずに、
誰かにその感情を吐露したり、
陰口を言ったり、
自分で抱え込んだりするより
ずっと健康的な姿なのでは
ないでしょうか。

大人である私も
そんな清々しい、
甥っ子と姪っ子の姿を
見習いたいものです。


これを読んでくれている
あなたの中には
「感謝しない人に腹が立つ」
といった重さは
ないかも知れませんが、

「時間に遅れる人に
腹が立つ」であるとか、
「自慢ばかりする人に
腹が立つ」など、
その他の感情が
あるかも知れません。


この感情こそ、
観念という重さの
ありかだとしたら、
どのような重さが
あるでしょうか。

ふいに姿を現す、
これらの ”マイ観念” を
一緒に探していければと
思います。


今日も読んでくれて
どうもありがとうございます。

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