ひとりごと

誰にも会いたくない!?

2026.03.23

ひとりごと 誰にも会いたくない!?

こんにちは。
対話じかんのあさみです。

今日はのんびり
ゆったりモードで、
ここ数年加速度的に
感じていることについて
書いてみたいと思います。


それはたったひと言、
この記事のタイトルである
「誰にも会いたくない」
というもの。

なんと前向きで健全な
フレーズでしょうか。笑

いよいよ世捨て人に
なってしまった感は
否めないのですが、

これほど私の気持ちを
端的に表現してくれる
ものはありません。


誰でも
心が疲れているときや
体が不調なときは、
「誰にも会いたくない」と
感じるものでは
ないでしょうか。

ただ心身が元気になり、
元のように回復すれば、
会うことや会話することは
全く問題なくできると
思うのですが、

私の場合、この
”会いたくない感じ” が
ずば抜けているのです。

不調だから
「できれば会いたくない」
のではなく、
いかなる調子であっても
「会いたいと感じない」
レベルなのです。汗


「不調だから会いたくない」
という感覚は
理解できますが、

「回復しても会いたくない」
という感覚には
確固たる信念のような
力強さがあります。

つい数カ月前までは、
会いたくないのは
今私が本調子では
ないからだと、自分に
言い聞かせてきましたが、

本当は
そうではないことが
じわじわと
分かってきたのです。


好調・不調関係なく、
私にとって
「会わなくていい」が
スタンダードであって、

会いたくない自分こそが
ノーマルであり
健全な状態なのだと
理解できたのです。


私にとって
ひとりで過ごすことは
最高に気持ちが良く、
快適でラクです。


今までもそうでしたが、
人に会うと
その人のエネルギーに
合わせるような感覚が
ありました。

それは必要以上に
気遣いする
タイプであるとか、
会話が苦手なタイプで
あるとかではなく、

「さぁ今日は
人間になるぞ!」
といった気合いが
必要だったのです。


人間になるぞ!というのも
妙な表現なのですが(笑)、
ふいに誰かに会うと
必要以上に疲れてしまう
感覚があるため、

ちょっとした
気合いバリアが
欠かせないレベルでした。


核家族化やデジタル化が
台頭することで、
人と人との関係が
希薄になった
現代社会において、
どんどん人間関係が
分断されている。

といった要因は
実際に存在しますが、
私の場合、
そういった意味合いとは
少し異なります。


というのも、
さかのぼること
物心ついてからずっと、

誰かと一緒にいても
「ここじゃないな~」と
ぼんやりとした感覚を
味わってきたからです。


けれど、それを寂しいとか
孤独だと感じたことは
一度もなく、

マイペースに過ごすことに
安心するような
子どもでした。



そして今や私は
自分との会話が最優先で、
自分のケアに忙しく、

自分の興味や
好奇心を満たすことに
精一杯という
満ち足りた感覚で、

周りのことや世間のことに
ほとんど
興味がありません。


かつてとある
アパレルブランドの
CMソングに、
「今日も私は機嫌がいい。
世の中のこと関係ない。
新しい服着てるから」
といった歌詞が
あったのですが、
そういった感じです。

私は私の機嫌を取ることに
専念するので、
みんなもそれぞれ
楽しんでね!という感覚は
とても自由でラクちんで、
温かなものです。



もちろん家族や
近しい友人をこれからも
大切していこうとは
思っていますが、

無理してまで
誰かに合わせる必要は
全くないと
割り切れる年齢に
なったのかも知れません。


魂さんとの対話は
もちろんのこと、
自分の内なる声を聞き
それを叶えることに忙しく、
何の不足も不安も
寂しさもありません。

誰かと一緒にいないことを
孤独だと感じる人も
いるでしょうが、

私は自分と一緒に
いないことの方が
ずっとずっと孤独なのです。



”類は友を呼ぶ” ためか、
私の数少ない友人を見ても、
平日の仕事後は
興味のあるお稽古に勤しみ、
休日は一人で
アフタヌーンティーをすべく
色々なホテル巡りを
している友人や、

イギリスからオランダ、
ベルギーへと
気ままにひとり旅をして、
サイクリングや
アート鑑賞を楽しむ友人や、

興味あるバイトを
複数かけ持ちし、
休日はヨガや一人温泉を
味わう友人など、
ひとり活動を心から愛する
”ソロ活女子” ばかりです。



”会いたくない” が
益々加速している
最近の状況を夫に伝えると、
「あなたらしくていいね~」と
心から言ってくれ、

理解のみならず
あらゆる面で私のソロ活を
強力に後押しして
くれています。

これもまた
似たもの夫婦なのでしょう。


子どもの頃から
”誰かと一緒” 、
”みんなと同じ” が
大の苦手だった私は、

40代も半ばを過ぎて
進化形とも言うべき
私のまんま(=わがまま)に
益々磨きがかかっています。


私の「誰にも
会いたくないモード」は
今ある不調が教えてくれた、
私の本当の姿であり、
ネガティブな
症状としてではなく、

まるで尊いギフトで
あるかのように
捉え直しをしている
最中です。

それと同時に、
今ある停滞の季節を
味わうことで、
自分ひとりの精度を
上げる時間を
もらっているんだと
少しずつ理解できるように
なってきました。


私は今になって
ようやく
自分の内なる声が
最大ボリュームで
聞こえてきます。


内なる自分が何を求め、
どうしたいか? 

何が好きで、
今日はどう過ごしたいか?

ありとあらゆることを
内なる声に従って
生きていくことで、
自分とのつながりを
太く太く育てています。


これを読んで
くれている方の中にも、
私と同じように
ソロ活を愛し、

会いたくないモードを
肯定してくれる方は
案外たくさんいるのでは
ないでしょうか?


ソロ活はいわば、
人間関係の中で最も大切な
”自分関係” を極めていく
活動なのかもしれませんね。



「私をしあわせに
できるのは私です」

そんな基本的なことを
今ならすんなり
理解できること、

シンプルに
行動に移せることは
この不調が与えてくれた
大きなご褒美です。


今日も読んでくれて、
どうもありがとうございます。

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